「時々、勘違いしてしまいそうになるから気をつけろ!」セミナー講師という お仕事をさせて頂く傍ら、自分にそう言い聞かせて来ました。
セミナー会場という舞台。 講師である自分が壇上から論・説を例えば2時間ぶっ通しで伝え・届ける。 その間、受講者からの注目を浴び、専門家としての自分が放つ一言一言に受講者は頷き、セミナーが終われば「先生」と呼ばれ、名刺交換をリクエストされる。
その光景は、自分がさも舞台の主役になったかような錯覚に陥ってしまいそうな状況で、会場が満員と聞けばテンションは上がり、そうでなければ主催者に嫌味の一つも言いたくなってしまう。 挙げ句の果てには、お客を選び、謝金の額に不満を垂れ、集客がどうだの、会場がどうだの、飯がどうだの、アレコレ主催者のやり方に口をだす。 自分が作るセミナーレジュメは見難いくせに、自分の見栄えはやたら気にし、まるで、自分をより有名にするための手段としてセミナーを捉えているかのよう・・・。
一体! セミナーは! 誰のためのものなのか?! ← いつもの自問自答
そんな情けない状況に自分が陥ってしまわないように常に「セミナーは誰のため? 誰が主役であるべきか?」と自問し、「セミナーとはあくまで受講して下さる人々のためものであり、受講者一人一人が主役であるべき。 そして、セミナー講師は舞台に立たせて頂いく立場ではあるが、あくまで受講者という主役を引き立たせるための脇役だ(だから、先生と呼ばれる身分では決してない)」と。
セミナー講師というお仕事は、主役(受講者)と舞台を引き立たせる影の存在、脇役であるべき、そう自分に言い聞かせています。